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江南の春(4) ― 一見は百聞に及ばず ―
 上海ナイトクルーズ 1
         2012年4月 上海の表と裏  
上海 市街


江南ツアーの最後の訪問地は上海であった。中国旅行は今回で5度目だが上海には出張で一度だけ来た事がある。しかし殆ど通過しただけで観光として訪れるのは初めてである。本当はここだけでも自由行動したいのだが、そうもいかないらしい。夕食後、ホテルに帰ってタクシーに乗って街に出る手も有ったが、夜は夜でオプションのナイトクルーズに参加したり、雑技団を見たりで終わり、ゆっくりと街の風情を味わうところまでには至らなかった。

ただ1度だけ、ツアー仲間から離れて一人きりになった事があった。それは、旅行の最後の夜、黄浦江のナイトクルージングに参加した時の事だ。この時も船に乗船するのは皆と一緒だったが、船の中は自由だった。私はツアーの連中からは離れて一番上のデッキで外を眺める事にした。 そこも多くの観光客が詰めかけて、船べりは隣りの人と肩を接するほどだ。

「あなた今どこにいるのよ。私は一番上のデッキにいるよ」。
混雑した私のすぐ傍で中国人の若いおねーちゃんが携帯電話で誰かと話している。(勿論中国語で)。
「こちらの方が気持ちが良いって」。電話の相手にそう言った。
その後一言二言何か話して、少し怒った様に電話を切った。
「おかしな人だよ、こちらの方がよく見えるのにね」。
彼女は私に同意を求めるようにそう話しかけて来た。

4
          2012年4月 上海の表と裏  


「私も仲間達と別れてここに来たのだよ。少し寒いけど良く見える」。
「あなたは何処から?・・・」。
「日本から」。
「えー、日本人? どうして中国語が話せるの」。
「少し勉強したから」。
「へー、やるじゃん」。

上海 2
              2012年4月 上海の表と裏  
上海 4


「上海はどうだった?」
「ツアーで観光地しか回ってないので、よく分からないけど、この高層ビルはすごいね。こんな高層ビル群は東京にもないよ。」
「へー、そうなんだ。」
ねーちゃんは誇らしげににこりと微笑んだ。ドヤ顔だ。

そのドヤ顔を少しばかり曇らせてやりたくなった。
「だけど、私のホテルの周りの路地裏は汚くて、不衛生で、こんな所は日本にはないよ。目の前の風景とあまりに違う」。
と切り返した。 ドヤ顔はマジ顔に。
「そーねー上海は農村からの出稼ぎが多いから、その人たちは衛生観念がないのよ」。
「もっと清潔にすうるように指導はしないの?」。
「人が多いからね。言っても無駄。もうみんな慣れてる」。
「外国に行った事はある」。
「ないない、日本人と話すのも初めて」。
「日本人が嫌いではないの?」。
「歴史を考えると嫌いだけど、中国語を話す日本人がいると思うと、少し近づけた」。
「私のこと?」。
「そう。日本はどんな所?」。
「日本ねえ・・・・。うまく説明できないなあ。ま、百聞は一見に如かずかな」。
「行ってみたいなあ」。

「百聞一見に如かず」。咄嗟に有り合わせの言葉で繕ったが、ふと、自分自身の旅行の事を振り返ってみた。今度の江南旅行が果たして「百聞一見に如かず」を証明しただろうか。
「江南旅行」を選んだのはツアー料金の安さ以外に、「江南」という地名の響きに何となく街角には古い酒の香りが満ち、水郷には小舟が浮かび、文人墨客が綴った詩の響きの中に漂うロマンを感じたからだ。しかし、実際に来てみて、そのイメージは、人の波とツアー旅行という「透明カプセル」によって失望の中にかき消され「一見」しても印象は薄い。

所詮、旅行とはこういうものかも知れない。してみれば、件のねーちゃんに言った「百聞は一見に如かず」は、ちょっと無責任な言葉であったのかも知れない。正直にこう言うべきだった。
「今の時世、情報は無限にある。一見は百聞に及ばずだよ。わざわざ見る事の程でもないよ」と。

そして又自分自身。「一見は百聞に及ばず」を「証す為に」きっと又、「どこかの細道」を歩くに違いないのだが・・・・。 


     上海旧租界地域  2012年4月


以下、江南の裏通り

















   









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江南の春 (3) ― 水郷の景色  ―

  江南(    )()  杜牧(とぼく)()(

    千里(      せんり)(うぐいす)啼いて(ないて)(みどり)(くれない)(えい)

     水村山(           すいそんさん)(かく) 酒旗(しゅき)風 ()

    南朝(         なんちょう)四百八十寺(しひゃくはっじんじ)

     多少(         たしょう)(ろうだい) 煙雨(えんう)(なか)



                             


そもそも、この季節に江南に行こうと思ったのは、何となく江南=春というイメージが有ったからだ。
それはまさに「何となく」であったのだが、ネットで江南の事を検索しているうちにその「何となく」の理由が少しわかってきた。 それは、「何となく」覚えていた上の杜牧の漢詩の題名が江南春望で、日本訳では「江南の春」だったからだ・・・のかな?


                緑 紅に映ず



              酒旗の風


それはともかく、江南地方とは、長江(揚子江)の南、東シナ海沿岸に近い揚子江が築いたデルタ地帯一帯を指す。広い意味では上海もその範疇に入るのであろう。 そして我々のツアー旅行は、上海―蘇州―錦渓―ろく直―無錫―西塘―杭州―紹興―烏鎮―上海と専用バスで移動するの旅だった。 大まかに言えば、上海からデルタ地帯のど真ん中にある、あの演歌の無錫(むしゃく)旅情で有名な太湖を中心に、200キロ前後を南北に移動するバスの旅だ。 

ツアー専用バスだからとても効率よく各地を回る事ができる。仮に自分で公共の乗り物を使って移動したとすれば、多分ツアーで回った3分の1も移動できなかったであろう。ツアー旅行の利点は料金の他に、何と言ってもこの移動の利便性が有る。

しかし、ツアー旅行にはどうしてもストレスが残る。 確かにツアーガイドのつまらない冗談に大笑いするおばさん達との感性の違いには多少の苦痛を感じたが、ま、それは耐えられないほどの事でもない。なじめなかったのは、目的地へのアプローチが楽すぎたせいか、それぞれの場所の印象がどうも曖昧なのだ。なるほど、この杜牧の詩の様に、江南には多くの水村(水郷)が有り、多くの寺や庭園がある。例えば今回のツアーで回った水郷の村だけでも錦渓、ろく直、無錫、西塘、烏鎮と5か所ある。
さらに訪れた寺は寒山寺、虎丘塔、六和塔。庭園は留園、豫園。湖は太湖、西湖、長広湿地園などなど。

しかし、幾つかの印象を思い出して個々の場所に当てはめてみると、どこも同じようで果たしてそれはどこで得た印象であったのか、どうもはっきりしないのである。 とは言ってもビジュアルな印象まで曖昧になった訳ではないが、説明を聞いたはずのそれぞれの場所の歴史的背景や、物語が混然となって、それが一体どこの場所の話であったのかビジュアルな印象と結びつかない。

 似た風景 水郷シリーズ   

        2012年4月10日 錦渓


        2012年4月11日 ろ直

無錫 古運河 3
        2012年4月11日 無錫

西壇運河 4
       2012年4月12日 西塘


          2012年4月14日 烏鎮

「それはね、歳のせいだよ」。
そう言われそうだ。ま、それも否定するものではない。しかし、今回の場合、訪れた場所が、似たような所が多くあり、印象がそれぞれの場所に曖昧に分散してしてしまった。そればかりではない。今回のツアー旅行は、中国人ガイド2人と、移動手段としての専用マイクロバスにきっちりとガードされて、外を歩いていても、ツアーの列を乱す事は出来ず、時折、先頭のガイドの旗を注意深く追いかけなければならず、周りの景色をじっくり味わう事が出来なかった。一団で外を歩いていると、外とは遮断された透明のカプセルの中から景色を見ている様で、当地の空気が少しも味わえなく、風景にしても、建物にしても、食事にしても、どこも同じような薄味の印象だけが残った。 

これでは、日本でテレビで名所案内を見るのと同じではないか。いや、現実は名所旧跡はどこも大勢の人で、スピーカーでがなりたてるガイドの声は、「千里鶯啼いて」の趣きからは遠く、紹興の酒の香りは無数の観光客の人いきれかき消され、酒旗の風は人波の上に掲げるガイドがうち振る小旗に代わり風流のかけらもない。つまり、これらの景色はわざわざ現地に出向くよりも、テレビで見た方がまだましだったかも知れない。

今回のツアー旅行の教訓として幾つか思いつく事がある。それは、あまり多くの場所を回らない事、シーズンオフに行く事、そしてガイドとは決して親しくならない事である。 

否定的な事を書いたが、全てに失望したわけではない。景勝地以外の町や村の風景は、やはり異国のそれであり、数時間のバス移動は興味深く飽きる事はなかった。今回の旅行でもっとも価値があったのは車窓の風景であり、宿泊したホテル周辺の一人歩きの散歩の時だ。眼に入る厳然として残る光と影。これが中国の姿。その事は又、次回に。


       2012年4月12日   寒山寺  聴鐘亭

無錫 太湖
             2012年4月12日 太湖

豫園 6
              2012年4月10日 留園
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