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柳瀬川の雉

   2016年5月22日 柳瀬川 左岸

それは五月の初めの夕方、いつもの散歩道である柳瀬川の土手を歩いていると、どうも雉に似た鳥の鳴き声が聞こえた。写真愛好家の私としては雉は鳥の中でも最もエキサイトするターゲットの一つだ。いつかの日だったか、友人の情報をもとに、雉を求めて数十キロも離れた所まで追っかけていったことも有る。それがもし,いつもの散歩道に現れたとすると、その興奮は高まる。

しかし、その後数日
、重たい望遠レンズを持って、注意深くあたりを見渡し、耳をそばだてて歩いたが、あの声を聞くことはなかった。やはり、こんなところに簡単にキジなど現れるはずはない。あれは雉に似た別の鳥か動物の鳴き声で、雉を思うが故の幻聴だったのかも知れない。




その後、撮影旅行で数日間留守し、散歩の間隔があいた事で、もう雉の事はほとんど忘れて、カメラも持たないいつもの歩きとなった。そして、その日も、旅行の事などを思い出したり、上空の飛行機雲の動きを見ながら歩いていた。ところが、右岸から橋を渡って左岸に渡ってしばらく歩いていた時、何気にふと川渕に目を移すと、いた! 雉だ! あの雉が!、川の水際のコンクリートの淵の上を悠然と歩いていた。しかもあの五色豊かなオスの雉だ!なんでこんな時にカメラを持ってこなかったのだろう。時々起こるこの種のタイミングの悪さにに臍を噛むしかなかった。それでも、慌てて家に戻り、カメラに望遠レンズを付けておっとり刀でその場所に戻ってみたが、夕刻の30分は鳥の活動の変化を追うには長すぎた。もう水際のあの雉の姿を見かける事はなかった。



それでも次の日、今度はいつもの夕方の散歩ではなく、朝から望遠レンズを持って一日中でも探し求めるつもりで、あの場所に向かった。その心構えが功を奏したのか、あの雉は意外にすぐに現れたのだ。ものの10分もしない内に土手を挟んで反対側の田んぼの畦道にその姿を見せた。望遠を構えて静かに追った。雉は、逃げ足に自信が有るのか。20メートルくらいの近さに近づいても、草を食みながら悠然と歩き、そしてなんとポーズでもつけるように、まるで私だけに見せる特別なショーの様に、田んぼ畦道の上で羽ばたきをし、口を開けて高らかに鳴いてくれたのだ! 私はただ夢中でシャッターを切り続けた。




「キジも鳴かねば撮られまい?」いや違う、雉はきっと言った「私は鳴く、踊る、さあ撮ってごらん」。誰もいない田んぼの中の、雉と私だけの20メートルの空間の劇場。なにも恩を売ってはいないのに、まるで「キジの恩返し」のように、私だけを相手に踊ってくれたのだ。いつの間にか、雉との無言の会話が続いたような特別な不思議な時間だった。もう、何枚シャッターを切っただろう。

その後、あの感動の出会いから既に1週間が経過したが、あれ以来あの雉の姿は見えず、声さえも聞こえない。何だかあれが、たった一日だけの幻のパフォーマンスだったのか、感動の後にしばしば起こる、あの夢と幻と現実の中の葛藤。

しかし、こうして確かに画面には残っている。又いつの日か、あの雉の踊りを見るために、私のいつもの散歩は、しばらくはあの重い望遠レンズのカメラを持って歩く事になるのだろう。


*写真は拡大して見てください。
 
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